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「わたしの目にはあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛している」 (聖書 イザヤ書 43:4)
命は軽いもの?
テレビ、新聞、インターネット・・・。連日報道される痛ましい事件、あまりにも人の命が軽んじられている現実に、心を痛めない日はありません。
「いのちの大切さ」は最大限に強調されるべきものですが、その大切さは何に由来するのでしょうか。
わたしたちは学校で、「進化論」に基づいて人間は猿から進化してきた存在であると習います。そして、さらにさかのぼるなら、魚であり、アメーバーのような存在であり、そしてそのアメーバーのような存在は単なる偶然によって生まれてきたと教えられ、それが日本人の心の中に刻み込まれてしまっています。もし、わたしたち人間が偶然生まれてきて、進化してきた存在であるとするならば、偶然消えてなくなっても、何の問題もないことになってしまいます。
そして、わたしたちの存在自体、何の価値もなく、かけがえのないいのちが失われたとしても、誰も気にかけることすらなくなるのではないでしょうか。
神様に愛された人間
本当にわたしたちは偶然に生まれてきたものなのでしょうか。そうではありません。神の言葉である聖書はこう言っています。
「神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女とに創造された。」(創世記1:27)
わたしたちは、神様に創造された存在です。しかも、神様にかたどって造られた、すばらしい存在です。なぜ、神様は人間を御自分にかたどって造られたのでしょうか。それは御自分の愛の対象として造られたからです。
「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
「わたしは、とこしえの愛をもってあなたを愛し、変わることなく慈しみを注ぐ。」(エレミヤ書31:3)
わたしたちは神様に愛され、望まれて生まれてきた存在です。価値ある存在です。
決して偶然に生まれ、目的もなく生まれたのでもありません。
大切な、あなたのいのち
あなたの命は神様から与えられた大切ないのちです。決して自らのいのちを絶ってはいけないのです。また、すべての人のいのちは神様から与えられた大切ないのちなのです。人のいのちを奪ってもいけないのです。
あなた自身が、神様にとって価値があり、愛されている存在であることを知った時に、自分を愛し、大切にすることができます。また、他者も自分と同じ価値ある存在であることに気付き、愛し受け入れることができるでしょう。
あなたが神様に愛されている存在であることを知るために、神様のもとに帰っていきましょう。あなたを愛し、いのちを与えられた神様は、両手を広げてあなたの帰りを待っておられます。「神は愛なり!」
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